こんにちは。
ゆみこです。
きょうは、日本人は、
頭ではなくお腹で考えるお話を書きたいと思います^_^
最近、お客様との会話の中で
「腹八分」という言葉が出てくるんですよ。
食べたものを
ちゃんと消化して、
ちゃんと巡らせるために、
極め切らない状態で止めておこうということで。
むかしのお医者様も、
腹八分という言葉を使っていた方が多かったと教わっています。
不思議なことに、
腹八分という言葉はあっても、
頭八分とは言わないし、
心八分とも言いません。
腹なんですよ。
腹。
腹が据わる。
腹を割る。
腹に落ちる。
腑に落ちる。
からだの体感が伴う言葉ですが、
これ全部、易の世界観と通じる表現なんです。
以前、所属していた易学の流派で研鑽していた頃、
師範はこのような表現を1000個出してくださいと
言われたことがあります。
わたしも挑みましたが、その時は、
200くらい超えたあたりで止まってしまいました。
けれど、
日常のふとした時にね、
ふと出てくるんですよ。
その「ふと」の状態を、
日々ちょっとだけ継続しているんです、今も。
習ったわけでもないのに意味を知っていて、
教わったわけでもないのに、自然に体感が伴っている表現に出会ったら、
お!
これはあとでメモしておこう!
って、その時は思うんですけど、
日常のドタバタのあとに、いざメモしようとしたら、
すでにそのときの表現は綺麗さっぱり消えています。
感覚で思い出した言葉は、
思考では取りにいけないのかもしれません。
とにかく、日本語って、
理解を「頭」に置いてなくて、
腑に落ちるという言葉も、
正しいかどうかは関係なくて、
内臓が納得してる状態なんですよね。
そんなわけで、
医学と易をとても近く感じているわけですが、
腹八分は、
食事だけではなく、
仕事も、
言葉も、
怒りも、
幸せも、
少しだけ余裕を残して、
仕事八分、
言葉八分、
どうでしょう。
と、今月に入ってから急速に感じています。
おりしも庚の月です。
乙(きのと)のわたしは、
なんでもかんでも増え続ける傾向にありますが、
庚(かのえ)は、
削ぎ落すことの美学を持ちます。
だからでしょうか。
いま、サロン内でも、
腹八分という表現が飛び交っています。
そこに、
止めどきの美しさを、ふと感じている今日この頃です。
それではこのへんで(^^)/~~~
ゆみこより