こんにちは。
ゆみこです。
連日の熊ニュースについて思うことを少し。。。
北海道生まれ北海道育ちのわたし。
熊といえば、
アイヌの人達にとって、熊は、
山の神様の使いとして畏敬の対象だということを
教わったことがあります。
熊はテリトリーを大切にします。
超えてはいけない境界を、本来、超えてこない。
もし、境界を越えたり人を襲ったりしたら、
神様として敬う対象から外していたと聞いています。
20年以上も前から、
札幌では、ハンターが減っていて、
熊が増えていることは問題になっていました。
それでも、人里に出てくることはなかったんですね。
でも今は。
熊、すごくないですか?
なぜ、わたしたちは、
このようなニュースを見せられているのでしょう。
この問題は、何のために起きている問題なのでしょう。
熊はテリトリーを大切にします。
本来、人とは会わないように、
自分の領域を守り続け、
相手の領域で暴れることはないと言われています。
「お互いに気づかないふり」が鉄則でした。
その熊が、わさわさと登場してくる。
この状況を、わたしたちの中に置き換えてみると・・・?
わたしはこれは、日本の結界が崩壊してきているよって
教えてくれてる現象なのかなと感じています。
本来、守られていたはずの場所が守られていないことを
神様の使い(熊)が教えてくれているとしたら。
本来、自分たちのものだと思っていたのに、
すでに違う人のものになっていますよ、ってことを、
神様の使い(熊)が教えてくれているとしたら。
大切なものが、だんだんと壊れてきていますよ・・・
ってことを、
神様の使い(熊)が教えてくれているとしたら。
わたしは熊の専門家でもなんでもないし、
被害の多い場所に住んでいるわけでもありません。
だからといって、無関心ではいられないこのニュース。
熊がいなくなったら、山が滅びます。
山が滅びたら(熊がいなくなったら)
大きな災害があってもおかしくないとも思います。
駆除すれば文句を言う人もいる。
守ったら守ったで文句を言う人もいる。
人間がワーワーやっている間に、
熊のほうは、坦々と、学習しているかもしれない。
ひょっとして、
「人は熊を追わない。むしろ避けてくれる。」って、
もうわかってるんじゃないですかねぇ。
野生動物だからこそ、
環境によって生態を変えることだって十分あり得ます。
山じゃなくても生きていけるなら。
それが自然の進化だと思うから。
実際に、
山での目撃情報よりも市街地での目撃情報のほうが多いわけで。
市街地という新しい環境からの刺激を受けて、
ひょっとして、ひょっとしてですけど、
知能も高くなっている気がします。
新しい環境に適応しているのなら、
市街地を自分の生息地(テリトリー)として認知し始めても
不思議じゃないと思うんですね。
易学の暦も、今月は、
「テリトリー」が大きなキーワードでもあります。
だからこそ、
自分の状況に置き換えてみています。
足元の見直しも大切な時期なのかもしれません。
今まで普通だったのに
普通じゃなくなっているものはありませんか。
今までイエスだったのに
イエスじゃなくなっているものはありませんか。
いろんなことが逆転しています。
わたしも今は、いろんなことを見直しているところです。
感謝玉とともに。
それではまた(@^^)/~~~
ゆみこより。