こんにちは。
ゆみこです。
先日は、ユミコサロンにてひっそりと主宰しております、
リフレクアカデミー千年道の日でした。
どんなに時代が変わっても、
手を使う仕事は消えません。
そしてもうひとつ、、、
人には寿命が必ず訪れますが、
最終的に人が選ぶものも、医療を超えて、
こういう場所なのかなぁって感じた経験がわたしには山ほどあります。
旅立たれる時が近い方の足裏には、特徴があるんですよ。
もちろん健常者への施術とはやり方を変えますし、
お医者様の同意のない方はお断りするしかない立場なのですが、
施術を受けると、どんな感じになるのかおたずねしたことがあります。
すると。
「触れていただけるだけで安心出来る」
「肺の水の溺れ感が減る。呼吸がラク」
「不安が減る」
そのようなことを何度も仰っていただいてました。
安心、、、
ラク、、、
これが、どれほど心強いことなのか、
わたしも若い頃に生死を彷徨った時に経験しているのですが、
安心以上に欲しいものはないし、
ラク以上にありがたいものはない境地。
つまり、普通に生きてるだけでありがたいことなの。
前髪切りすぎたときのストレスとか、
ちょっと嫌なこと言われた時のストレスとか、
そんなのどうでもよくなるんです。
安心。これ以上に重要なことはなくてね。
だからこそ、易学に出会い、
自分の命式を改めて見た時には、驚愕でした。
何をするために生まれてきたのかが明確になるシルシが
命式の中にはいくつか存在しているんですが、
わたしには、
「人はいつか死ぬ。そしてまた生まれ変わってくる。
その時に良い状態でスタート出来ますように。」
というシルシが込められていました。
これまでの霊的体験も、そういうことだったのかって、
どんな仕事についたって、
仕事でも、仕事じゃなくても、
\ 自分が普通に生きていくだけで /
この役割が込められていくように人生が展開していくわけです。
「普通」とは、そういう定義。
これが法則の力。
もしわたしが、風邪ひとつひかない健康人で、
体力を有り余るほど持っていたら、
この仕事には間違いなくついてなかったし、
富士登山なんか無縁だったと思うのです。
疲れやすいからこそ、疲れないを求めました。
大変だったからこそ、ラクになるポイントを求めました。
運気が悪いと感じていたからこそ、開運を求めました。
自分にとってNGと感じることこそ、
それを体験した分だけ、その向こう側に金脈も人脈も待ってくれてる。
それを「種」だとしたら、
今月は咲きますよ。伸びますよ。
潰さないであげてくださいね。
そんな想いで、
ひびき易選塾も、
リフレクアカデミー千年道も、
開講しております。
それではまた(^^)/~~~
ゆみこより