小さなサロンとはいえ、
セラピストとしての活動を20年以上続けていると。
これまでの期間、
ずーーーーっとご縁が続いているお客様や仲間もいれば、
プロジェクトごとに一定期間のみ関わっている方もいれば、
そういえばもう何年もお会いしていない方もいる。
そして、二度とお会いすることはないだろうなという方もいる。笑。
でも、一貫して言えるのは、、
人と人が出会うのは、
自分ひとりでできるものではないということ。
もちろん、自分から動いていく努力は大切だと思ってます。
だけど、それだけではないところ、、、背景には、
とんでもなく大きな影響力が流れているなーって感じます。
霊的なお約束のご縁だったり、
この世のわたしたちの視点だけでは解明しようのない次元の何か。
きっとあると思うんですよね。
易学の命式にも、そのヒントだけは表れています。
でも、強制的に読み解くことはしない部分です。
ご先祖様の領域だからね。
今年のお盆の時は、さらにそれを大きく感じました。
ご先祖様をお迎えする祈りの時間を持ちながら、、
自分の両親にも両親が居たこと。
その両親にも両親が居たこと。
その両親の両親にも両親が居たこと。
ずっとずっとさかのぼっていったら、どなた様に辿り着くのだろう。
そして。
わたしの本業でもある足の反射療法も。
一番最初に足の反射区を発見した人がいたわけです。
古代エジプトの壁画には、
お医者様が患者さんの足に触れている絵が残されています。
古い医学書(黄帝内経)には、
足を観て身体を観る場面もあります。
昔から言い伝えられていたことの、
最初の始まりは、どこで、どなた様から始まったのでしょう?
そんなことを思い巡らしているとね、
自分の仕事を支えてくれてる方がはるか昔に存在していた、
という部分に辿り着くわけなのです。
辿り着くたびに、
そこからエネルギーを受け取っている体感に包まれていました。
包まれるたびに、
この役割に自分を使ってくださいという謙虚な気持ちが
蘇ってくるんですよね。
実際には、
個人サロンは、暇な日などありませんから、
たまにお客様からキャンセルが入ると嬉しいくらい(失礼!w)、
そういうドタバタな日常、、、、これだけではやっぱりだめなんです。
いったん立ち止まって、手を合わせる。
ほんの一瞬でもいい。
この一瞬が、ものすごく大事で、
この一瞬の時に、すっと注がれる、
最初の最初のエネルギーがある。
お盆の時には、そのエネルギーをものすごく近く感じていました。
血の繋がりはなくても、
自分がずっと積み重ねてきたことが自分の足元なんです。
足元は地面で繋がっていますから、
スキルや仕事を通して、繋がっている、
どこかのどなた様かのご先祖様に通じている、、
そう思うと、
血筋だけではないご縁にも感謝を伝えずにはいられない。
今年の富士登山もそうでした。
こんなに幸せを感じる富士登山は何年振りだろう、、
そう思う瞬間が、何度もあったんです。
手を合わせるたびに、
思い出す場所があります。
本来の自分が立ち還る場所なんです。
今年の後半戦は、
何があっても、
この立ち還る場所を失わない選択を大切に。
心にとめています。
手を合わせるたびに、思い出す場所があります。
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