55年生きてきたところで、いったい何を知っているのでしょう。
まだまだ知らない世界がいっぱいある~~~。
ある記事が目に留まりました。
海で生きるバジャウ族のことが書かれてあったんです。
何世代にもわたって、
千年以上も、
海上生活を続けてきた民族。検索してみてね。
素潜り漁や、魚やタコ、貝を獲る生活で、
幼い頃から海で育つ文化を続けてきて、
海とともに進化を続けてきた人々と言われています。
水深60mで、長い時間、息を止めていられるとか、
圧力に強くなるために鼓膜を破っているため耳が遠いとか、
びっくりなことも多くて、
朝起きたら、床の下はいつも海という生活。どんな状態なんだろう。
近年の研究でかなり有名になったことらしいですが、
バジャウ族の脾臓は、一般人よりもはるかに大きいと報告されているそう。
脾臓といえば、
わたしもお客様の体質を観る時に、脾臓は気を付けている部位でもあります。
理論的に体質がAだとしても、脾臓が小さいなら、
体質はAですよっていう判断ができないこともあるからです。
その脾臓がはるかに大きいだなんて、
魚介類を食べることは体質的にもぴったんこなわけで、
やはり、
海の人は海の身体になっていくし、
山の人は山の身体になっていくんだろうな。
砂漠で生きる人には、砂漠の身体があるし、
雪国で生きる人には、雪国の身体があるものね。
地球で生きるということは、本来そういうことなのかもしれないです。
とにかく、、、長年の自然選択によって
身体を少しずつ適応させてきたのだと思うと、
わたしはこういうお話、とてもワクワクしてしまいます。
身体は生きるためなら何でもする。
進化が必要なら進化しますし、
使わない部分は自然と退化してゆく。
身体そのものを環境にあわせながら、
千年単位で文化を築いてきたバジャウ族。
現代人は?
スマホやAIにかなり順応してきていますよね^_^
長時間座るだけの身体となり、
浅く速い呼吸が普通となり、
遠くを見る時間は減っていて、
足裏を使う機会も減っていて、
1000年後のわたしたちは、近いものを見る目はあっても、
足はなくなっているかもしれないですね😱
使わない機能が弱くなっていくのは、生物として基本的な性質だから。
今は、昔と比べて、
顎が小さい人が増えていますし、
しゃがむことが苦手な人も増えていますし、
足裏の感覚を味わう機会も減っています。
文化的には、
歩かなくても困らない身体に近づいているのかもしれませんが、
人間が本来持っている能力的には、
呼吸、睡眠、足裏、歩き方、、、このあたりのことを忘れたら
幸せ度数も下がるんじゃないかな。
呼吸を味わうことも、
身体を味わうことも、
寒さや暑さを味わうことも、
身体にとって大事なことばかりです。
今は、AIを教える人はたくさんいるけれど、
自分の身体に戻る技術を持っている人は少ない気がします。
数値だけでしか判断できてない。
数値以上に大切なものがあるのに。
もし、身体がなければわたしたちはどこを漂っているでしょうか?
地球に生まれてしまった以上、身体は大切なものです。
そしてこれは、地球から借りているものなので、
粗末にする権利はわたしたちは持っていません。
みんな自分の身体は自分のものだと思っているけれど、違いますよ。
身体も、時間も、この世界で生きるためにお借りしているもので、
いずれお返ししなければいけないものです。
何を食べてて、
どう歩いてて、
どんな体験を積んで、
どんな景色を見て、
どんな生き方を刻んできたのか、、
身体という器を通して、神に通じているルートがどなた様にもあります。
わたしはこれからも
基本的で地味なことを伝え続けていこうと思います。
身体を忘れない未来へ。
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